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最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)2124号 判決

主文

本件再上告を棄却する。

理由

弁護人浜田三平、同塚本重頼再上告趣意について。

所論は、憲法三九条はいわゆる「事後立法」を禁止したものと解すべきであり、いわゆる「事後立法」禁止とは「唯に実体法に付て行為当時可罰性のない行為を可罰性ありとすることを禁止するに止まらず、手続法に関しても行為当時におけるよりも犯人に対して不利益な取扱を為すことを許さぬものとする趣旨である」から、刑訴応急措置法一三条二項は憲法三九条に違反する無効の法律であると主張するのである。しかしながら、所論のごとく、単に上告理由の一部を制限したに過ぎない訴訟手続に関する前記措置法の規定を適用して、その制定前の行為を審判することは、たといそれが行為時の手続法よりも多少被告人に不利益であるとしても、憲法三九条にいわゆる「何人も、実行の時に適法であった行為……については、刑事上の責任を問われない」との法則の趣旨を類推すべき場合と認むべきではない。従って所論憲法に違反するものと言うことはできぬ。論旨は、それ故に、採ることを得ない。

よって、旧刑訴四四六条に従い主文のとおり判決する。

以上は裁判官 沢田竹治郎 同真野毅、同齋藤悠輔、同藤田八郎の補足意見を除き、裁判官全員の一致した意見である。

沢田、齋藤、藤田各裁判官の補足意見は次のとおりである。

憲法三九条前段の規定は実行の時に適法であった行為に対する事後立法を禁止する趣旨のものであるが右の禁止は、過去の適法行為に適用すべき行為規範たる刑事の実体法規に関するものであって、性質上将来の訴訟行為に適用さるべき手続規範たる刑事訴訟立法を制限するものでないことはいうまでもない。従って、過去における刑事訴訟法規よりも実質的に被告人に不利な新刑事訴訟法規を立法することは毫も右条規に触れるものではない。されば刑訴応急措置法第一三条第二項が被告人の犯行当時における旧刑訴第四一二条乃至第四一四条の手続規定は刑訴応急措置法施行後はこれを適用しない旨を定めたからといって、憲法第三九条前段の規定に違反する理由はない。

棄却理由に関する裁判官真野毅の補足意見は次のとおりである。

事後立法禁止は、本来固有の意味においては用語そのものが自称しているように、立法権に対する制限であり、従ってこの禁止に反する立法はすべて無効となるべきものである。人類の歴史において罪刑法定主義がまだ確立しなかった昔には、ある人のある行為に対して、裁判によって刑事上の責任を問う手続を採らず、直接立法によって刑罰を科する野蛮な不合理な方法が採られた実例が少くはない(ビル・オブ・アッテンダー)。そして、また過去の行為に対し裁判上遡及適用するため、権力者に好都合な法律を事後に制定し、裁判の形式によって政敵などを不合理に処罰した実例もまた乏しくはない。かかる過去の行為に遡及する立法が、固有の事後法(エキス・ポスト・ファクト・ロー)である。立法権に関する米国憲法第一条は、その九項三号において「ビル・オブ・アッテンダー又はエキス・ポスト・ファクト・ローを制定することはできない」と定め、その第一〇項第一号において「何れの州と雖も、ビル・オブ・アッテンダー又はエキス・ポスト・ファクト・ローを制定することはできない」と規定し、立法作用として固有の事後法の制定すなわち事後立法を禁止し、この禁止に反する法律を無効としているのである。さて、所論は、刑訴応急措置法第一三条第二項をもって、事後立法であるから違憲無効の法律であると主張している。しかしながら、同法は、憲法施行の日から施行すると言っているだけで(附則)、特に過去の行為に遡及適用があることをどこにも規定してはいないのである。それ故、同法自体は固有の事後立法というべきものではなく、この意義においては違憲無効となるべき何等の理由がない。されば、同条項の無効を主張する論旨は、全く見当違いであると言わねばならぬ。

次に、事後立法禁止の意義は、漸次立法作用に対する禁止という固有のもの(エキス・ポスト・ファクト・レジスレーイション)から転化して、司法作用に対する刑罰法規遡及適用の禁止(エキス・ポスト・ファクト・ピーナライゼーション)すなわち刑罰法規不遡及の原則をも含む広い意義に用いられるようになって来た。(この両者の区別を明確に意識せず事後立法を論じている内外の著書が少くない。ために往々思考の混乱を招くおそれがある。)

固有の事後立法禁止は、かかる法律を違憲無効とするものであるが、刑罰法規不遡及の原則は、その刑罰法規の違憲有効を前提としつつ裁判の面においてその法規の遡及的適用を禁止せんとするものである。そこで、論旨が刑訴応急措置法第一三条第二項を違憲無効であるとするのは、前にも述べたように見当違いであるけれども、その本旨は恐らく同条項は本件犯行の後に制定されたものであるから、これを本件に遡及適用した第二審及び原審判決は憲法第三九条に違反する違法があるというに帰するものと思われる。この見地に立てば、所論は、同法の違憲無効を主張するのではなく、同法を遡及適用した裁判の違憲を主張することとなる。ここで、今一度憲法第三九条を読み返すと「何人も、実行の時に適法であった行為……については、刑事上の責任を問われない」とある。この規定の趣旨は(一)実行のときに適法であった行為に対して、これを処罰する遡及効のある刑罰法規を制定することの禁止(立法権に対するもの)、(二)実行のときに適法であった行為に対して事後に制定された刑罰法規を遡及的に適用する場合たると否とを問わず、処罰の裁判をすることの禁止(司法権に対するもの)を含んでいることは、疑のないところである。そして、さらにこの立法趣旨を類推すれば、(三)実行のときに可罰性があった行為(従って適法でなかった行為)に対して、実行のときに定められていた刑をさらに加重する遡及効のある刑罰法規を制定することの禁止(立法権に対するもの)、(四)実行のときに可罰性があった行為に対して、事後に制定された刑罰法規を遡及的に適用する場合たると否とを問わず、実行のときに定められていた刑よりさらに重い処罰の裁判をすることの禁止(司法権に対するもの)をも含むものと解するを相当とする。しかしながら、所論のごとく、単に上告理由の一部を制限したに過ぎない訴訟手続に関する前記措置法の規定を適用して、その制定前の行為を審判することは、たといそれが行為時の手続法よりも多少被告人に不利益であるとしても、前記法則の趣旨を類推すべき場合と認むべきではない。従って所論憲法第三九条に違反するものと言うことはできぬ。論旨は、それ故に、採ることを得ない。(沢田裁判官等の補足意見について寸評する。憲法第三九条前段の規定をもって単に立法の制限と解するのは狭い。前述のごとく刑罰法規を遡及適用する裁判の禁止をも含むものと解すべきである。また「過去の適法行為」にのみ関すると解するのは狭い。前述のごとく過去の違法行為にも関する場合があり得る「刑罰加重の立法制定の場合」。次に、刑事の実体法にのみ関すると解するのは、純然たる大陸法的、ドイツ法的の従来の考え方である。米国の事後立法禁止は特殊な訴訟法的なものについても適用があるとする種々の判例があり又その変せんもある。今直ちに訴訟手続法はいかに被告人に不利益に変更しても憲法第三九条に違反しないとたやすく概括的に断定し去ることは、少くとも甚だ早計であり且つ基本的人権のため立法の慎重さを期せしめるゆえんではないと信ずる)。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

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